2009年 02月 21日 ( 1 )

人間の世界で生きるということ

今日は太郎の曽祖母、つまりひいおばあちゃんがちえぞう家にやってきました。
太郎自身は、ひいおばあちゃんと会うのは数回目。去年の夏に会ったのが最後です。

人見知り&内弁慶な太郎は、当然のことながら久しぶりに会うひいおばあちゃんにもなかなか「こんにちは」が言えず、隣に座るのもいやがるシーンも。
しかし時間とともにだんだん慣れてきて、夕飯を食べる頃にはどちらが早く食べ終わるか、競争!と言いながら、ひいおばあちゃんのお皿を何度も横目でチラチラのぞいておりました(^^;)

さて。
久しぶりに家族以外の他人(といっても親戚ですが)と一緒に過ごしていて、母が感じたこと。

普段、家族の中で過ごすことが多く、なかなか他人と一緒に長い時間を過ごすことが少ない太郎。
その状態が、いかに「社会性に欠ける」ことなのか、母は今日、しみじみと感じてしまいました。
もっと違う言い方をすれば、太郎も、それから私自身も「ぬるま湯」の中で生活することに慣れてしまって、「家族の中で許されること」と「社会では通用しないこと」の線引きが曖昧になってしまっているのです。

東京に来てから、まだ保育園・幼稚園が決まっていない部分も影響はあると思いますが、普段家族の中では許されてしまう、ちょっと生意気な言葉遣いや、大人びた仕草など、調子に乗りすぎると暴走してしまう部分が、太郎にはしばしばあります。4歳児としては、もしかしたらよく見られる行為なのかもしれませんが、やはり他人がいるときは、してはいけないこと、我慢しなくてはいけないこと、というのの線引きはしっかりしないといけないと感じた母。

太郎からしてみたら、いつもと同じ日常の中に、「他人」がお客さんとして一緒に過ごすことの差異を、理解できないのは当たり前なのかもしれません。いつも怒られないことをなぜ今日は怒られるのか、わからないというのが正直なところでしょう。

しかし、いつもの生活の中に「他人」が入ることによって、そこは小さな別の「社会」になります。
大人であれば、世間話をしたり、いろいろな気遣いをしたり、大人としての対応を行うように、子供にも子供なりの対応を、教えてなくてはいけない。

そんなことを気付かされた一日でもありました。
家族で過ごす時間というのは、本当に楽チンで、私にとっても太郎にとってもストレスの少ないリラックスタイム。しかし、今回のように、他人との交わりによっていろいろなことへの気づきや、学びもたくさん得られるもの。今日は太郎にとっても「なんかよく怒られた・・・」以外に、いつもと違って楽しかったこと、面白かったこともたくさんあったはず。

インドア派で、どちらかといえばヒッキー族な母としては、自分の生活や交友のあり方も含め、いろいろな反省点にも気付かされた日でもありました。
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by chiezou192 | 2009-02-21 22:42 | ◇日常のささいなこと